ヒソカ鎖骨のすぐ傍で嗤う、赤い痕をちらりと見て、小さくため息をついた。

「無駄なことしてる」
「え、イルミ、どうしたの?」
「なんでもない。それより行かなくていいわけ?」
「だって面倒じゃない、蜘蛛の大行進なんて。ボクは君といるほうが楽しいの」
「いいから、行け。じゃないとクロロが騒いで五月蝿いんだ」

文句言われるのはオレなんだからね、そう言って絡みついてくる手を払い落とすと、ヒソカは、ちぇ、と子供のように拗ねた顔を見せ服を着始めた。
均整のとれた身体が、段々と悪趣味な服によって隠されていく。いつ見ても、もったいないと思う。同様に、顔に施されるピエロのようなペイントも、折角の美形を隠してしまうから好きじゃなかった。
なのに毎回、でも、と思う。悔しい話、黙っていればヒソカはいい男だ。そのままで歩いたら、きっと老若男女問わず人という人が群がってくる。皆がヒソカを見る。あぁ、それは駄目だ。一番格好いいヒソカを(それと同時に格好悪いヒソカも)一番多く見られるのは、オレじゃないと、駄目。

「うん、絶対、駄目だ」
「ねぇ、なんだか今日のキミ、変だよ」
「お前に言われたくないよ、変態」
「そういうところは相変わらずなんだから」

ヒソカは困ったように笑った後、ベッドに寝転んだままのオレの頭を優しく撫でた。いつもなら、馬鹿にするなって言うところだけど、ちょっと眉毛が下がったその顔が可愛かったから、大人しく撫でられてあげることにした。
大きな掌が、長い指が、髪をなでていくのが気持ちよくて、油断していると喉が鳴るんじゃないかと思った。彼はそんなオレの想像を見抜いたのか、猫みたいだね、といって、また笑った。

「帰りは夜中になっちゃうかも」
「いつものことだろ、いいよ、ゆっくりしてきなよ。久々の集まりだろ、ヒソカがいつもサボるから」
「えー、寂しくないの?ボクが帰ってこないとさ」
「うん、別に」

そっけないオレの言葉に、ヒソカはぶつぶつ文句を言っている(ボクはこんなに好きなのに!とか、ボクは今から、一秒でもイルミと離れたら死んじゃう病気なんだ!とか、もう、馬鹿みたいなのばっかり)。あんまりにもそれがおかしくて、ちょっと笑ったら、ヒソカは恨みがましそうな目で見てきた。
そんな顔しても駄目だからね。ちゃんと行かないと駄目だよ。オレも負けじと目で言い返すと、諦めたように髪のセット始める。
前髪をかきあげるその動作なんて何十回も何百回も見てるはずなのに、緩んでしまう口元を押さえきれない。誰か特定の人に、というわけじゃないけれど、おかしな優越感に浸ってしまう。
でも、ヒソカがその動作をどこの誰に見せても(それがオレの知らない人であろうと、旅団の誰かであろうと、だ)、オレは別になんとも思わないんだと思う。
どうしたってふらふらしているヒソカの一挙手一投足に、いちいち目くじらを立ててたらきっと神経がもたない。律儀に嫉妬なんてしてたら、いつか嫉妬以外の感情を忘れてしまうだろう。
それに、オレには自信がある。
誰と寝ても、誰と殺しあっても、ヒソカが帰ってくる場所は、オレのところなんだっていう、確信に近い自信。
だからオレはヒソカが何をしたって平気だし、ヒソカを待っているのだって苦じゃない。けれど、ヒソカはそのことをよくわかっていないようで(いや、わかってやっているのかな)、今日みたいにオレに我侭を言わせたがる。
どうせだったら、もっと他のところで我侭を言わせてくれればいいのに。行きたいところとか、食べたいものとか、ほしいものとか。
そこまでかんがえて、ヒソカはオレの我侭をいつも聞いてくれるということ思い出した。食べたいといえば、どんな料理だって作ってくれるし、行きたいといえばどこにだって連れて行ってくれる。
と、いうことは、ええと、この状況でオレに我侭を言わせたがるって言うのは、ヒソカの我侭なのかな。ちょっとややこしくて分かりにくいけど、きっとそうなんだ、うん。

「しょうがないやつ」
「いきなり独り言はやめてって。もういいよ、ボク、ほんとうにいっちゃうからね、マチとらぶらぶしちゃうんだから!」
「あ」

今まさに出て行こうとしているヒソカの背中を、とん、と押した。振り返ったヒソカは相変わらず不満そうな顔だったけれど、それでも、どうしたのと優しく尋ねてくれる。

「食べたいものがあるんだ」
「何?」
「この街で有名な洋菓子屋さんのアイスケーキなんだけどね、人気だから夕方には売り切れちゃうんだ」
「え、イルミ、それって」
「買ってきてくれるよね。オレが好きそうなの見繕ってさ」

服を掴みながらそう言ってやると、ヒソカの表情は見る見るうちに上機嫌なものに変わっていって、

「もちろん!少しも溶けてない、完璧なアイスケーキを持って帰ってきてあげる」

満面の笑みで、オレのおでこに、ちゅ、とキスをした。
いってくるね、と笑うヒソカを笑顔で見送る。
彼が行ってしまうとなんとなく気が抜けたのか、あくびが一つ出た。
昼寝でもしようかと思ってまたベッドにもぐりこんだが、思い直してテレビの電源をつける。
大行進、といってたから、きっと蜘蛛たちは何か盗みをするんだろう。その事件の様子が報道されたら面白い。そうなったら、すっ飛んでかえってくるだろうヒソカをからかってやろう。オレはアイスケーキを食べながら、ヒソカはシャンパンを飲みながら。
そんなことを考えながら、主のいない部屋の中でうとうととまどろむのは、とても心地よかった。
ヒソカが頭を撫でてくれていたら、もっと気持ちいいかもしれない。
けれどそう考えたのは教えてやらないことにした。



やっぱり、君が隣にいてくれるのに、こしたことはないんだよ!だなんて。