正直な話、一人二人雑魚を殺したくらいで気が済む訳がなかった。 確かにターゲットの男を殺した時点で、ある程度満足はしていたのだが、そのあとゴンにもう一度火をつけられてしまった。 身体のそこでくすぶる衝動を押し殺しながら、もといた切り株まで戻る。オーラに気圧されたのか、道中誰に遭遇することもなかった。 切り株に座り込み、一度大きく息を吐く。月は口角を上げて、こちらを笑っているようだった。 「退屈」 呟くと、昂る衝動を意識してしまい、いてもたってもいられなくなる。 「ねえ、起きてよ、」 辛抱できなくなって、しゃがみ込んで少し土を掘り返してやると、気配で目を覚ましたのか奥のほうで彼がもぞりと動いた。 もう一声かな、思いながら掘り進める。少しだけ覗く頭に触れながら、もう一度呼んだ。 「起きてよ、イルミ」 「・・・何」 ずぼ、と地中から彼が顔を出す。不機嫌さをあらわにしながら、こちらを睨みつけてきた。 「オレ、眠いんだけど」 「相手してくれない?もう我慢できないんだ」 「やだよ」 「ちょっとくらいいいじゃない」 「確実に勝てる相手以外とは戦わない主義なんだ。今のヒソカ、やばそうだから、嫌」 けちだなぁ、そう唇を尖らせると、彼はすぐさま地中に潜ろうとする。それを慌てて引き止めて、話し相手くらいはしてよと頼み込んだ。とりあえず気持ちを鎮めたかった。勢い余って青い果実を狩ってしまったら大変だ!彼には全く戦意がないようだから、煽られることもないだろう。そう踏んでの頼みごとだった。 「しかたないな」 暫く考えるポーズを見せた後、てっきり断られると思ったのに、彼は随分と素直な様子で切り株の上にちょこんと座った。どこを見ているのか、大きな黒い瞳は夜の空を映している。 「え、いいの?」 「頼んだのはそっちだろ」 「そうだけど、そうあっさりうなずかれちゃうと」 「別にいいなら、もう寝るけど」 「ううん、嬉しいよ」 「あっそ」 切り株に背を預けながら少し身体をのばす。狙い通り、少しずつ身体が落ち着きを取り戻していくのを感じた。 「イルミはさ、なんでボクと組むのをオッケーしたの?」 「え?」 「別にボクと組まなくても試験なんて楽勝でしょ」 「まぁ、そうだけど」 「なんで?」 「なんでって、・・・なんでだろう」 きょとん、とした顔で(もちろんそう見えるだけで、相変わらずの無表情)こちらを見てくる彼は、まさか暗殺一家ゾルディック家の長男であり稼ぎ頭だとは到底思えないほどあどけなかった。 ここ何日しか付き合っていないというのに、彼のマイペースぶりと常識の無さには何度も閉口した。喋り方もゆったりしているし、会話の途中だって平気で物思いにふけったりする。殺気も向けようとも受け流されるし、緊張する素振りも見せない。ただならぬ強さを感じて誘った自分にとって、彼の中身は拍子抜けもいいところであった。(それでもまだ共に行動しているのは、そのギャップにまた興味を抱いたからなのだけれど) 「こうしてる間にも、やっちゃえそうだよね」 「やめてよ」 「嘘、嘘。やらないよ。折角強い奴を、無抵抗のまま殺すなんてもったいないじゃない」 「何言ったって、ヒソカとはやらないからね」 「面白くないなぁ」 頬を膨らませておどけて見せると、彼の口元が少し緩んだ(気がした)。 病的なまでに白い肌が黒い瞳と髪とが強調しあっている。特に、月明かりに照らされた黒髪が、とても綺麗だと思った。 ぼんやりと横顔を眺めていると、ふと彼もこちらを見つめてきた。どうしたの、と尋ねると、いつものゆったりとした口調で、 「香水の匂い」 そう、ぽつりと呟いた。 「ボクの香水?」 「そう」 「気に入った?」 「分からない」 「分からないって、キミ、好みとか、そういうの無いの?」 「そんなの、気にしたことないから」 「ふうん」 まぁ、物心もついていないような幼少期から暗殺者として育てられてきたと話していたから、個人的な嗜好だとか感情だとかは全く無視されてきたんだろうということは、容易く想像できた。彼のあまりにもマイペースなところとか、一つ一つ言葉を捜しながら話しているような喋り方の理由も、きっと今までの環境が大きな面積を占めているのだろう。 「ええと、」 「何?」 「こういうの、なんていえばいいんだろう」 「さっきの続き?」 「そう、香水、ヒソカの香水、が」 「ゆっくりでいいよ」 「うん、ええと、・・・あぁ、そう、すごく頭に残ったんだ」 「へぇ」 「そう、初めて嗅いだ時から頭に残ってて、気になって、そんなときにヒソカが声をかけてきたから」 心なしか楽しそうに話す彼を見ながら思う。 闇の世界の住人であることに変わりは無くとも、きっと、すごく純粋で、穢れなんて知らないんだろう、と。 今見せたぎこちない、笑顔と呼ぶにはとてもお粗末な表情が、愛しく思えた。 狩る事なんて考えずに、ただ、この男が笑うのを、見守りたいと思った。 「キミってさ、」 「ん?」 「知らない人に声をかけられてもついていっちゃいけません、って教えられなかったの?」 「教えられなかった。それに、別にヒソカはそんなに悪いやつじゃないし。変態だけど。」 「可愛い猫ちゃんの皮をかぶってるだけかもよ?」 「可愛くないから、その心配は無いだろうなぁ」 (ほらまた、そんな顔を見せて。外の世界にはボクみたいな怖い人がいるって、教えて上げなきゃ駄目なのかな) 突然笑い出したボクを怪訝そうに見たあと、彼はまた空を見上げる。今は月が映るその瞳に、早く自分が映ればいいと思った。 「月光花」
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