「ボクの試合見てくれた?」

普通に話しかけてくるし。

「どうだった?」

そんなこと聞くなよ。

「イルミ?」

ちょっと前ならなんとも無かったのに。

「きらい」
「え?」
「おまえなんか、きらい」

ほぼ素っ裸の状態で話しかけてきたヒソカに、思いっきりクッションを投げつけた。




>>>>> アンレスト (=動揺)



「ちょっとイルミ、どうしたっていうのさ」

突然の暴言に慌てたようで、ヒソカの声は少し落ち着きを欠いていた。ベッドに突っ伏してだんまりを決め込むオレに、先程から声をかけ続けている。

(いい加減に服着ればいいのに。目のやり場に困る)

無言のまま、今度はジーンズを投げつけてやる。意味を察したのか、どうにか下半身だけは服を着てくれた。

「ねぇ、ほんとに、どうしたの?」

こんなに困っているヒソカを見るのは初めてかもしれない。会話の中で、俺の発言に少し苦笑するくらいのことなら茶飯事だけれど、明らかにうろたえた姿を見せるなんてことはなかった。
ヒソカはいつでも飄々としていて、笑っていて、たまに拗ねて見せるのが可愛くて、あぁもう、思い出しただけで口の端が緩む。何だっていうんだ一体!とりあえず近くにあったクッションを抱きかかえて気分を晴らす。腕の力を強くすると、一緒になって胸の奥のほうが苦しくなった。
ヒソカは疲れたのか、とうとう椅子に座ってこちらの様子を伺いだした。久しぶりに会ったというのに、こんなのあんまりだ。
仕事に少し余裕が出来て、居場所を訪ねたら天空闘技場にいるという。そういえばゴンがどうのとか話していたっけなとぼんやりと考えながら会う約束をした。その約束の日がちょうど今日、天空闘技場でヒソカとカストロが試合をする日だったのだ。
特にすることも無いから、と軽い気持ちで観戦を決めたのに、

(だって、あんなの)

何を思ったのか、試合中、ヒソカは両腕を相手にくれてやっていた。それが嫌で嫌で、たまらなかった。
勿論、暗殺稼業に携わる身として、腕の一本や二本が飛ぶところは飽きるほど見てきている。(それどころか、首が飛ぶなんて言うのも当たり前だ)だから別段、腕が飛んだというのにはさして何も思わなかった。けれど、問題は、

(ヒソカの腕だから、かな)

殺し屋だからって痛覚が無いわけではない。本当のところを言ってしまえば、痛いのは嫌いだ。耐えることは出来ても、過敏に意識してしまう。眉一つ動かさなかったところを考えると、本人は特に何も感じていないようだったが、見ているほうとしては血の気が引きそうだった。
貧血になったようにくらくらする頭をどうにか持ち直して部屋に行くと、そこには風呂上りのヒソカが立っていて、両腕もきっちりついていた。それを見た瞬間、もうどうしようもなくなってしまって、つい、あんなことを。
謝る気にはならなかった。けれどこのままでいるのも嫌だった。普通の人ならこういうときどうするのだろう。どうすれば、伝えられるんだろう。

(そんなの、分かるわけがない)

胸の奥がじんじんと痺れる。目の端が少し熱い。

「イルミ?」
「来るな」
「泣いてるのかい?」
「泣いてなんか、ない」
「嘘、すっかり涙声だよ」

す、とヒソカの手に背中を撫でられる。それがあんまりにも優しくて、心地よかったから、押し止めていたものが洪水のように一気に押し寄せてきてしまった。

「怖かった、ヒソカの、腕、切れて、痛くなくても、オレが、痛くて」
「・・・うん」
「どうにかなるって、わかってた、けど、もし、あのままだったらって、怖かった」

気づけばヒソカの腕に縋って、子供のように泣きじゃくっていた。相変わらず、あいている方のヒソカの腕はオレの背中を上下する。

「ごめんね、もうあんなことしないから」
「当たり前、だ。なんか、涙、止まらないし」
「本当ににごめんね、でも、出せるときにおもいっきりだしちゃいなよ。ね?」

今まで、泣いたことなんて無かった。赤ん坊の頃は泣いたかもしれないけれど、感情の変化で泣くなんてこと、物心ついてからは一度だってなかった。殺し屋にそんなものは必要ないし、邪魔なだけだと思っていた。
けれど、堪えきれなくなって、笑ってしまったり、機嫌を悪くしたりすると、それがどんなに些細な変化でも、ヒソカは目敏くそれを見つけていちいち嬉しそうな顔をした。それが、なんだか、心地よくて、もっと、と思い始めて、気がつけばこのざまだ。感情のコントロールがうまく出来ない。ヒソカの前だと、自分をうまく殺せない。いつだって、一番うまく殺せる相手は自分だったというのに

「責任、とって、とまるまで、ここにいろ」
「うん、泣き止んでからもずっと、傍にいるから」
「っ、う」

なんて、殺し文句。
暫くして落ち着いた頃に、今度やったら針千本、と睨むと、冗談に聞こえないねとヒソカが笑う。
その笑顔を見ていたら、胸が締め付けられて、また泣いてしまった。