煌びやかな町並みに、ひっそりと隠れるように存在するこの小さなカフェはイルミのお気に入りだった。
テラスの一番奥にある小さな丸いテーブルで、この店自慢のシフォンケーキを食べるのがとても好きなのだ。
路地を一本奥に入ったところにあるせいで人の影もまばら。店のやりくりは大変かもしれないが、人混みが苦手なイルミにはとっておきの場所だった。
「ヒソカの最近で一番のお手柄は、ここを見つけたことだよね」
「気に入ってもらえて本当に良かった、けど、なんだか複雑」
「そう?すっごく褒めてるつもりなんだけど」
「まぁいいか。キミが喜ぶのは嬉しいことだし」
わざと肩を落としてヒソカは言う。会ったのは随分久しぶりだが、やっぱり変わらないものなんだな、と思った。
今ヒソカは、腕のいい除念師を探して何とかというゲームにかかりっきりらしい。最近になってやっと目星がついたらしく、久しぶりに会おうか、と声をかけてきたのヒソカの方からだった。
「除念師、みつかったんだ」
「うん、これでボクがクロロと闘れる日も近くなったってわけ」
「相変わらず物好きだね。クロロが気の毒だよ」
脳裏に黒髪の友人の顔が浮かんだ。盗賊団の頭というには幼すぎる表情と眼差し。ともすれば自分より年上であることも忘れてしまいそうな男だ。
ヒソカはこの男と闘う事に、今何よりもご執心だ。その気持ちが残念ながらオレにはよく分からない。闘う事が楽しいと思うことはないし、それはあくまでも仕事の上での事務的な作業にしか思えない。見ている分には、楽しくないことはないけれど。まぁ、好きにすればいいと思うばかり。
「ボクとクロロ、どっちが勝つと思う?」
「クロロ」
「本気?」
「本気」
「えー、ちょっと、凹むんだけど」
「だってクロロ強いし」
じっとりとまとわり着く視線を黙殺して、ケーキを食べる。季節のシフォンケーキ。今月はマロンをあしらった物らしい。しっとりした甘さに思わず口元が緩みそうになる。どうしよう、ワンホール持って帰りたいかもしれない。強請ってみようかな、とあまりの美味しさに結構真剣に考えてしまった。
とりあえずヒソカの前におかれている手付かずのケーキを指差して、食べないなら頂戴、というと、彼は大げさにため息をついてから、いいよ、そのつもりだったし、といって皿を寄越した。
「じゃあ、ボクとクロロ、どっちに勝って欲しい?」
「別に、どっちでも」
あぁ、やっぱり、ワンホール買って帰ろう。夕飯の後にも食べたいな。
そう舌鼓を打っているうちに、気づけばヒソカの顔はあからさまに不機嫌なものになっていて、どうしてこう子供っぽいところがあるのだろうと普段の姿を思い出しながら少し呆れた。別にオレは嫌じゃないからいいけれど、他の女の子達にそれやったら幻滅されちゃうかもよ。
「ボクが負けてもいいの?」
「負けるんだ」
「負けないよ!負けないけど、ちょっとは応援して欲しいじゃない」
「でも、本当にどっちでもいいよ」
「なんで?」
「や、ヒソカが負けたら、っていうか死んだら、オレも死ねばいいだけでしょ」
ちょっとした沈黙。あまり大きくない目を見開くヒソカ。そんなに驚くことじゃないと思うんだけどなあ、なんて内心嘯いたのは得意の無表情で誤魔化した。
お前にしたのと同じようにして、クロロに殺してもらうからね。続けてそう言えば、ヒソカはばつが悪そうにして目を逸らす。
「性格悪いなあ」
「人の友達を殺そうとしているやつに言われたくない」
「まぁ、うん、そうかも」
「もしかして、照れてる?」
「少し、ね」
だってイルミがそんな風に考えてるなんて知らなかった、とヒソカは笑う。こんな会話の後に笑えるなんていうのは、もしかしたらすごく不自然なのかもしれない。けれど、
「このケーキ買って帰りたい」
「いいよ、いくつにしようか」
「ワンホール」
「ボク食べないよ?」
「当たり前。オレが食べるの」
「・・・分かった、買ってくるから、ちょっと待ってて」
こんなにも穏やかなのに、一体どこに間違いがあるというのだろうか。店の中に消えていくヒソカの背中を見つめながら、そう思ったのは紛れもない本心だった。
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