曲がりなりにも恋人同士なわけだから、そういうことをしないといえば嘘になる。
でもその頻度というか、生々しい話回数は僕を知る人たちがとても驚くのが簡単に想像できるほどに少ない。だからといって、仲が悪いわけでもないし、この年で枯れているわけでもない。
ただ。
ただこれにはうまく言葉に出来ないような、繊細で、傲慢で、とても悲しい理由があるからなんだ。
***
雨の音がうるさい夜だった。
全身に浴びた血液のほとんどをすっかり流してしまうような、強く強く泣き叫ぶかのように雨が降る夜。
いま自分がどれだけの血を浴びているのかも分らなくなるほど感覚を麻痺させた僕は、その女の悲鳴のような雨音の中帰路についた。誰をどれだけどんな風に、なんて覚えていられない程には発散したはずなに昂ぶる感情は一向に落ち着くことを知らず、どうしようもなく高まった気分を押し殺すことも出来ないまま、部屋で待っていてくれていたイルミを組み敷いた。
僕の尋常じゃない様子にさすがに怯えたようで(揺れる瞳にもひどく欲情した)彼は精一杯抵抗するのだが、それを押さえつけようと僕も躍起になった。そのまましばらく冷静さを欠いた攻防が続いたけれど、体格的にも筋力的にも華奢なイルミが僕に適うはずもなく、ついに僕はイニシアチブを握った。
アアアアア、と、不意に雨音が大きくなる。(本当に、女が泣いているみたいだった)
そのときふと、視界の端に紅いものが映った。今、爪で裂いてしまったんだ、と認識するよりも早く僕は熱に浮かされたかのようにそれに舌を伸ばした。
薄暗いランプの光に照らされテラテラ光るそれはひどく甘くて、それを主食とする化け物みたいに思うがままに彼の薄い皮膚へ歯を立てた。
ひ、と犬歯の食い込んだ彼の青白い首筋が引きつり、ソファのスプリングがきしりと小さく悲鳴を上げる。反射的に伺った彼の表情は困惑と、何より欲情の色に深く染まっていた。
どうして、イルミの目が必死にそう訴える。それは突然こんなことをしでかした僕に対してであり、何よりこの状況にひどく興奮している彼自身に対する叫びだった。
吸血と性感帯へのダイレクトな刺激という強すぎる快感に声も上げられないいままイルミは意識を飛ばした。僕といえば体中汗だくで、おかげに声も出せないほどに疲れきっていた。舌にはまだ、あのどんなワインよりも甘い極上の味が残っている。しかし、目の前に横たわる肢体に残る、無残ともいえる傷の数々に、目を逸らさずにはいられなかった。
そしてその日から、僕は人を殺した日はイルミに触れないように、その分それ以外の日にはなるべく彼に触れるようにした。けれどやはり、どちらからともなく(といっても、以前からそんなアクションを起こすのは僕のほうばかりだったのだけれど)ただでさえそう頻度があったわけでもなかったそういう行為に及ぶこともさらに少なくなり、同じベッドで眠って、何もないまま朝を迎えることが普通になった。
ただ、時折さまようように伸ばされる彼の手を握り返すなんてことは増えたように思う。
***
ギターの一番細い弦を限界まで張ってはじいたときの音のようだと思った。
ろくに素性も知らない彼女の肌が、髪が、目が、あの日の彼とだぶって見える。それに無償に興奮して、その細い首に指を這わせてからは早かった。
鋭い爪に皮膚を裂かれる痛みも快楽に変えて、強く強く力を込めれば彼女が息絶えたその瞬間に溜め込んだ劣情を吐き出せる。あぁ、こんなにもたやすく弦は切れてしまう。
再び体を支配しようと蠢き出す、くらいくらい感情を押し込めるように体温を失いつつある哀れな体に噛み付いた。
口内に広がるリアルな鉄分の味を感じて、そうして僕はこの世界の限界を知る。
「 リ ビ ド ー 」
(ぼくらのいきつくさきが、みえてしまったんだ)
|