「ぅあ、っつーぃ」
「クーラーつけましたよ」
「あー、ありがとう、あいしてる」
「ほざけ変態」
「・・・あつーい」
脱ぎ捨てたシャツを拾う素振りも見せずに、でろん、とまるでとけかかったアイスのようにベッドに沈み込みながら、兎吊木があーだとかうーだとか奇声を発する。
ジーンズの前くらいしめろよ、と小言が頭に浮かぶが、生憎それをいうだけの体力すら残っていない。どこぞの変態のせいで真昼間から一日分の体力を使いきってしまったようだ。重い体に鞭打って、脱ぎ捨てられた、正確には脱がせ捨てられたシャツを拾い上げ袖を通す。
「暑苦しいよ、なんで着るの」
「・・・。」
「目の保養にもなるのに」
「一度とならず、二度三度死ね」
「だって暑いよー」
「だから、せめて夕方まで待てって言ったのに」
「それは、きみが、クールビズなんて導入するから!」
「私のせいですか」
「俺は君の鎖骨に踊らされた哀れな犠牲者の一人にすぎないんだよ」
わざとらしく、片眉を上げて喋り捲る彼を前に、自分の周囲だけ不快指数が上昇した。今なら殺せそうな気がする。うん、いけそうな気がする。
大きなため息を一つ吐き出して、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを二つとりだす。
はい、とそれを鳩尾めがけて落としてやる。その動きに兎吊木が反応できるはずもなく、綺麗なほどの直撃を受けていた。
「愛が痛いよ」
「受け取ってもらえて嬉しいですよ」
よく冷えている物を飲み、また、クーラーが聞いてきたこともあって、暑さは大分おさまった。といってもまだ大分暑いが。ああそういえば冷蔵庫の中身、殆どからだったな。補充しに行かないと。で、作り置きもたくさん作って、そう、いつ来れなくなるかわからないから。
そんなことを考えると、ちょっと、きて、と兎吊木がベッドを叩いた。
相変わらずだらしない姿で、病的に白い肌を晒している。慣れているはずなのに(悲しい話だが)、どうにも目のやり場に困ってしまうというのは、なんなんだろう。
「何」
「兎吊木さんには、最近少々思うことがあります」
「なんですか?」
「人間、行き着くところはセックスなんだ」
「まぁ、それが本能ですから」
「そう、本能なんだよ、本能。悲しきかな人間の性っていうやつで、子孫を後世に残すのが第一なんだよね。最終的には誰でもセックスに走るんだよ。」
「それで?」
「これをいったらきっと君は怒る。聞きたい?」
「・・・いらないです」
「そういうなよ、聞いて聞いて。というか、もういっちゃうからね。」
「なんなんだアンタ」
「君も人間なんだから、最後は俺を取るだろうね。近親相姦はご法度なんだろう?」
「は?」
「お嫁においで、双識君」
しばしの沈黙。
少し視線を下げた先には、満面の笑みを浮かべた兎吊木垓輔。
「嫌ですよ」
そろりと腰に這わされた手を払い落として、立ち上がった。やっぱりね、と兎吊木は少し眉尻を下げて、かといってそう残念そうにするわけでもなく笑った。
「でも、」
「でも?」
「夕飯のリクエストくらいは受け付けて上げますよ」
「わあ、本当かい?今日はちらし寿司が食べたいなあ」
「なんでまたそんな面倒なものを」
「駄目かい?」
「いいですよ、別に」
「それはよかった。あ、荷物もちについていくよ」
「結構です。あなたと歩くと、目立ってしまって仕方ない」
「仕方ないよ、俺、色男だから」
「自分で言ってれば世話ないですね」
「ひどいなぁ。」
「じゃあ、いい子で待っててくださいね」
「力は尽くすよ。いってらっしゃい」
そう、兎吊木がひらひらと寝転んだまま手を振る。
なんだ、まるで通い妻じゃないか、と考えてみたら、頭が痛くなった気がした。
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