05 悲しかったこと苦しかったことそしてその後
仕事をすることに何の躊躇いもなくなってからの毎日は、ただただ平坦だった。
平らすぎて、もしかしたらこれは実は上り坂や下り坂なのではないかと疑ってしまいたくなるほどだ。そして、それと同時に、行く先の見えない、どこまでも長く続く道でもあった。
その道を、無心に、黙々と進み続けた。分かれ道なんてなかった。木陰もなかった。早くも遅くもない速度で、歩き続けた。
自分が疲れているのか、それとも大丈夫なのか、そんなことも分からない。歩くことしか出来なかった。一度でも立ち止まってしまったら、もう二度と、歩き出せないような気がしていた。
その道中で、誰かが道を塞げば、その誰かを殺してしまった。足を止めぬまま、歩く速度で人を殺した。
その先に何があるとも、思ってはいなかった。歩いていることに意味があると思っていた。歩いていなければいけないから、歩いているだけだったのだ。
きっと他の家族も、場所は違えど同じようなところを歩いているんだろうという漠然とした予感はあった。けれど彼らの足は自分よりずっと力強く地を踏んでいる。そう考えると、自分だけが、酷く宙ぶらりんな状態にいるような気がして、それが息苦しく足取りは徐々に早まった。
人を殺すことを仕事にして生きていくことを、割り切れていないのかもしれない。
心の底に住まうものが諦めだから、そんな気分になるんじゃないかと考えた。
他人を苦しめて、恨まれるということに慣れきれていなかったのだろうか。
そう、気がつけば、早く、正確に、痛みを与えず、隠密に人を殺すことが得意になっていた。
幼い弟に人の殺し方を実演で教えたことがある。急所を、針で一突きすれば、男の身体はあっけなく崩れた。どうだい?そう、弟の顔をのぞいた時、そこに羨望と悦びの表情が見えた気がした。ただ刃物を振り回すことしかできない自分との手際の違いに、感心しているようだった。
それを見た瞬間に、自分は家を継ぐことは出来ないと悟った。殺人術を、技術として受け入れられるだなんて、自分には、到底分からない感覚。否、分かりたくもない、感覚だった。
(だって、どんな方法だろうと、人の命を奪う行為であるのにかわりはないじゃないか)
頭の中で、少年の姿のままの自分が訴えかけてくる。
その弱々しい声を無視して、その後も二三人分の殺人の手本を見せた。
どの死体の表情にも、苦痛の色はなかった。今にも動き出しそうな、生々しい生を感じさせる表情をした死体ばかりで、込み上げた吐き気を飲み込んだ。
ふと気がつけば、弟は心配そうな顔をして見上げてきている。大丈夫、と半ば自分に言い聞かせるように二三度言ってから、その頭に手を置こうとして、出来なかった。返り血なんて一切浴びていないはずなのに、自分の手が赤黒く汚れているように見えたから。はっとなって見直せば、いつもの青白い掌に変わっていて、内心胸を撫で下ろす。
しかし、明らかな凶器を拒否続けたその手が、指が、酷く頼りなさげで惨めなものに思えて仕方なかった。
(長男だというのに、跡取にもなれなくて、それでも殺し屋は続けて、だなんて、中途半端すぎる。)
そう、跡取になるべきは自分じゃないと悟ったそのとき、決心してしまえばよかったのだ。
この子が成長しきったとき、この家を出よう、と。
しかし、そんなことできるわけがなかった。家を出てどうする。少年時代より背が伸びて、顔つきも少し大人びた自分がせせら笑う。
(家を出て、表の世界で暮らすのか?そんなに血塗れた両手を下げて?一体何が、誰が、お前なんかを受け入れるというんだ)
そう、裏の世界から出たところで、死臭の染み付いたこの身体では、どこにだって行けはしない。幸せになんてなれるはずがない。そもそも幸せがなんだかすら分からない。
だから、歩き続けるしかないのだ。どこまでも。惰性のままに。先の見えないこの道を。
ただ、ただただ。
(その後に何があるかだなんて、期待することも許されない)
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